医療、美容、フィットネス、メンタルケア、デジタルヘルスを一体で捉え、ドバイは「ウェルネス」を次の国家成長エンジンとして据えました。
なぜそれが可能だったのか。ドバイ在住18年の金融経済アナリストである私、桑田稜子の実感と、グローバルな金融・経済分析の視点を踏まえながら、ウェルネス都市ドバイが生む新たな産業構造を整理します。
1. ドバイが掲げる「ウェルネス都市」とは何か
ドバイの「ウェルネス都市」は、医療や健康増進だけに限定されません。経済成長・都市設計・テクノロジー・ライフスタイル・精神的充足を横断的に結び付けた都市モデルです。
根底にあるのは、「健康はコストではなく投資である」という考え方です。個人のQOLを高めることが、生産性や創造性、そして都市価値の向上につながるという発想が共有されています。
金融・不動産・観光に続く成長軸としてウェルネスを位置づける点に、ドバイらしい戦略性が表れています。
2. 国家戦略として重視される背景 ― 社会的・文化的価値観

ウェルネスが国家戦略として扱われる背景には、社会・文化の価値観が明確にあります。
- 多国籍都市の持続可能性:200カ国以上の人々が暮らす都市では、医療・健康の質が社会安定の基盤になる
- 富の定義の再設計:経済的豊かさだけでなく「健康・時間・精神的余白」を含む総合的な豊かさへ移行
- 未来志向の視点:寿命の延伸よりも「良い状態で生きる(Healthspan)」が重視される
デジタルヘルス・AI診断に見る進化と成果
デジタルヘルスとAI診断は、すでに社会実装の段階にあります。電子カルテの完全デジタル化、AI画像診断、予防医療、ウェアラブルと連動した健康管理が進み、医療は「治療」から「予測・予防」へと明確に移行しています。
特筆すべきは、医療データが金融・保険・都市データと連携している点です。健康データが個人の資産価値やライフプラン設計に結び付くことで、健康が経済の一部として機能し始めています。
3. 富裕層ライフスタイルにおける「美容×健康」の新潮流

生活者、とりわけ富裕層の間では「美容」と「健康」を切り離さない姿勢が強まっています。見た目の若さにとどまらず、ホルモンバランス、睡眠、腸内環境、メンタル、エネルギーレベルまで含めたホリスティックなアプローチが主流です。
高級スパ、ウェルネスリトリート、パーソナライズド栄養、マインドフルネス、スピリチュアルケアなど、体験型サービスが急増しています。背景には「自分のコンディションをデザインする」という意識があり、ライフスタイルの中に定着しつつあります。
この潮流は、INSPIRE LABが重視してきたホリスティック・ウェルビーイングの考え方とも高い親和性があります。
4. 象徴的・先進的な取り組み
代表的な動きとして、Dubai Future Foundationを中心とした未来医療・ヘルスケアの実証プロジェクトが挙げられます。官民連携でAI、バイオ、ウェルネスを横断的に扱い、規制緩和と迅速な実装を同時に進める体制は、他国にはない強みです。
加えて、Dubai Health Authorityによる医療・ウェルネスの国際標準化も、海外企業にとって参入しやすい環境づくりにつながっています。
もう一つ象徴的なのは、ハムダン王子がマラソンやフィットネスチャレンジに率先して参加し、SNSを通じて国民へ健康的なライフスタイルを呼びかけている点です。リーダーが行動で示すことで、ウェルネスは「個人の努力」ではなく「社会全体で共有される価値観」として広がります。これはトップダウン型政策に強みを持つドバイならではのアプローチであり、健康・運動・自己管理が文化として定着する大きな要因になっています。
5. 日本企業へのチャンスと活かせる強み
この領域で日本企業が発揮できる強みは大きいといえます。ポイントは次の通りです。
- 予防・未病・継続的ケアに対する思想と技術
- 繊細さと信頼性に裏打ちされたサービス品質
- 派手さより本質的な改善を重視する長期視点
日本のウェルネスは、身体と心の調和を軸に、短期的な流行を超えた価値を提供します。これは、長期の価値を重視するドバイの富裕層や政策層に強く響きます。特に、ウェルネス×教育、ウェルネス×リーダーシップ、ウェルネス×スピリチュアリティは、今後の成長余地が大きい領域です。
おわりに
日本的価値は、単なる海外展開として語るだけでは本質に届きません。ドバイの都市戦略や富裕層市場、さらに国境を越えたネットワークと結び付くことで、初めて大きな価値を発揮します。
重要なのは、表層的な進出支援に留めず、背景にある思想や哲学を事業構造に組み込み、持続可能な形で展開することです。構想段階から戦略設計、現地との接続までを丁寧に進める動きは、着実に広がり始めています。
